盲導犬に道を塞がれた

盲導犬の存在は当然知っているし、理解もしている。

盲導猫と言う存在が無いので、ペットに関しては猫より犬の方が優れている、人の役にたつと言う意味では賛否有るだろうが、犬に軍配が上がるだろう。

ただ、そんなに頻繁に見かける事も無く、特にバリアフリーに関して、京都は意外に優しくない街で、国際観光都市としては評価出来ないだろう。

特に、車椅子などで京都の街を散策するのは結構気合いがいるだろう。

それは、昔ながらの町家がそもそもバリアフリーでは無いわけで、その昔の文化を継承してしまうとバリアフリーにはならず、この辺を上手く融合するには、全ての設備を作り替える事となり、それが、歴史の継承と上手く交わる事を考えすぎて思い切った事をやらない様に思うので、役人の質の問題だろう。

俺が京都府知事とか市長なら、まず、車椅子を中心に置いた街づくりを考えるだろうが、まだまだ日常の中に特に、祇園はバリアフリーとはかなり縁遠い。

そんな中、楽器の移動にキャリアケースを使っているので、階段だと重いので、エスカレーター若しくはエレベーターがあれば利用する。

勿論、キャリアケースが無ければエレベーターを使う事は無いが、最近にエレベーター利用者を見ると、何でも無い人が平気で荷物のある人や老人、乳母車などをさておき、そう言うのを優先と書いてあっても我先に乗り込んでくるのがスゴく気になるのだ。

そして、エレベーターを出ようとしたら、扉が開いた目の前に大きな盲導犬が陣取っていて、それに伴う視覚障害者の人は扉が開いた途端乗り込もうとしてきた。

申し訳ないが、乗り込む気持ちはわかるし、盲導犬が扉の前にいるのだからそれは仕方が無いのだが、降りる人を先に通してくれないと降りられずまたエレベーターに押し込められることになり、それは問題だ。

盲導犬にもエレベーター前に経つときは、扉の正面では無く降りる人が速やかに降りられる位置に立つように調教しておいて欲しい物だ。

狭い駅のエレベーターでは左右に避けることは出来ないし、キャリアケースを引いて歩いているので申し訳ないが、こちら側が避ける事は出来ない。

ただ、盲導犬練習中の様だったので駅員やサポート役の人もそばに居るにもかかわらず、そう言う状況にならないと降りる人と乗る人とのバッティングが想像出来ないと言う愚かなサポーターだった様だ。

正面に立っていれば少しずれると言う立位置くらいわかるだろうに、想像力なさ過ぎだろう。

これは、盲導犬が教えられたとおりしか行動できないし、それを使う視覚障害者は盲導犬を信頼するしかない、ならば問題は、その周りの意識の低さ。

駅員やサポートする人も、もう少し気にしてやれよ。

おまえらがそんなんだから京都の街はいくら経ってもバリアフリーに縁遠いんだよ。

勿論、言語に対するバリアフリーは十分、はたしているとは思うが、本来のバリアフリーには縁遠いのが京都、特に祇園周りなので、旅行に「祇園」お訪れる際はご注意を。